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金沢に眠る戦争遺跡 第六旅団司令部跡 2015

今年で、戦後70年となります。金沢は江戸時代は加賀百万石の城下町として栄え、大きな戦もない平和な時代が続きました。そして、廃藩置県後は、多くの武士で支えられていた金沢の街は武士の失職等で経済面に大きなダメージがあり、大きく衰退したそうです。そこで、明治8年の”第七連隊司令部”と、明治31年の"大日本帝国陸軍 第9師団司令部"が金沢城内に設置されたことにより、金沢は明治~昭和前期まで軍都として栄えることとなります。

第二次世界大戦中は、隣県の富山市や福井市は空襲で甚大な被害がありましたが、金沢市は第9師団が台湾へ転出していたため不在だったことや標的となる軍需工場が無かったため、空襲当日に曇っていて標的が見えなかったため?など、様々な憶測もありますが空襲を免れ、石川県自体も死者数は全国最小でした。(死者数は最小でしたが決して被害がなかったわけではないことを忘れずに)

このことから金沢は、軍都ながらも空襲は受けることがなかったため、今でも江戸・明治期・昭和前期までの戦争遺跡が数多く残っています。

 

 

前説が長くなりましたが、今回は第六旅団司令部を取り上げます。

 

DSC09907

第六旅団司令部は明治31年につくられました。

同じ明治31年には第六旅団を統括する第九師団司令部も金沢に作られており、軍都であった様子も分かります。

 

 

 

 

 

 

DSC09908

第六旅団司令部は、シンメトリーで瓦葺きとなっています。規模はそこまで大きなものではなく、当時も比較的こじんまりとしていたそうです。

 

 

 

 

 

 

DSC09909

土台は煉瓦積みとなっており、風格があります。

 

 

 

 

 

 

DSC_1006

換気口には陸軍に用いられていた五芒星があります。

 

 

 

 

 

 

DSC_1005

戦後は、金沢大学の施設に使われていたこともあり、外観の保存状態は良好でした。

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  1. 2015/08/01(土) 23:21:28|
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